プロフェッショナルであること

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何年も前のある日のお話。

 

とある仕事のためにイラストを発注していた僕は、

本当の締め切りの2週間前の日付をデッドラインとして伝え、

1ヶ月の作業期間を設けることにした。

 

時が経つのは早いもので、気づけば約束の日の夕方。

「きっと完成していないだろうなぁ……」

心の中でそうつぶやきながら向かった先のモニターには、

"自分の目からは"完成しているように見られるイラストが映っていた。

 

感謝とお詫びと興奮が混じった状態でお礼を述べかけるも、

晴れない表情で未完成であること、もう少し時間が欲しいことが告げられる。

 

それでは…と、仮版のイラストを受け取った上で期日を2日伸ばし、

2回目の締め切りの日、さらに2日伸ばし、

3回目の締め切りの日、さらに3日伸ばす。

 

何をもって「完成」とするかは、とても難しい。

時間をかけた分だけ品質は上がる。

ただし、10%のものを80%にする作業時間と、

80%のものを81%にする作業時間では、圧倒的に後者のほうが長く、

多くの場合、時間は有限だ。そして時間が有限である以上、妥協は必要なのだ。

4回目の締め切りは設けず、完成品として納品してもらった。

 

納品されたファイルを改めて拝し、安堵に包まれながらも疑問が生まれる。

以前受け取った仮版と何が違うのだろうか、とおもむろに画像編集ソフトを開き、

差分の確認した結果、前髪のごく一部のハネ方が、

右ハネから左ハネに変わっていたことが分かった。

 

たったこれだけの変更にこんなに時間を使ったのかよ……

この程度で何が変わるっていうんだよ……

これが当日の自分の素直な感想だった。

 

 

月日は流れ、そんな気持ちをすっかり忘れてしまったつい先日のこと。

とある人が悪気なく発した言葉に、僕はハッとした。

  

あの人はプロの絵描きでご飯を食べていた。

だからこそ、何も知らない人には些末だと思えることにこだわっていたのだ。

 

僕は今、文章を書いたり、言葉を発していくことでご飯を食べている。

言葉が持っている微妙なニュアンスや意味の違いを大事にして、

澱みなく、素直に、取り違えられないように、相手の意図をくみ取り、

自身の意図を伝えることに努めている。

だからこそ、何も知らない人には些末だと思えることにこだわっているのだ。

  

しかし、そのこだわりは、すべて本当に必要なものだったのだろうか。

 

プロフェッショナルへの階段は長く、未だ険しい。